遠い昔、海を越えるものも越えないものも含めて転校なるものを何度かした。すぐに言葉も慣れたし、友だちも普通にできたし、体調を崩したりすることもなく平穏に過ごしていた。そういう意味では、環境に「合わせる」ことはそれなりにできる。順応「しづらい」というタイプではないとは思う。
 でも、歳を取るごとに、新しい場所に出て行くのを面倒に思うというよりは怖がっている自分に気づく。

 この1、2ヶ月で会社の屋台骨を揺るがす事態があった。「あった」と言うより事態そのものは継続中と言っていいだろう。その中で、私を含め10名ほどの社員は現在、その会社から独立した別会社に派遣(要するに出向)に出されているという扱い。
 その独立会社は本社(子会社じゃないのでこの言い方は適切ではないのだが)と同じビルの1フロア上にいるが、今月末についに移転し、本社から場所的にも離れることになる。そして来月の末には完全に転籍となるらしい。給与体系も変わる。その話で朝から個別面談となった。
 提示された新しい給与を見て、何か今まで抑えられていた分がいっぺんに加味されたのかと思ったが、しかしある程度の目標を達成できないとこれはこうなるよ、逆に達成できた場合はこうなるよと色々と説明を受けた。
 金額それ自体には、今までより下がるわけではないのでたいした不満はない。ただ、それに見合う働きを、今の自分がしているのかと言えば自慢にもなりゃしないけど「していない」と言い切れるだろう。情けないことながら。
 会社に入る前に、漠然と抱いていたこの業種へのイメージは、入社してからの部署の都合で実はその本質に迫る業務に携わることがをほとんどなかった自分にとって、明確な形にはなかなかなりえるものではなかった。同期の連中が「それらしい」仕事をしているのを聞いたり、たまに他の部署と組んで仕事をした場合に「なんとなく」感じる雰囲気以上のものとはならなかった。
 それが、新しい会社(10月にできたばかり)になって、メンバーも変わって、ある意味では本社の縮小生産物のような形になった。そこで初めて、やっとこの業種らしい仕事に参画する機会を持てそう――と言うよりはまだ「与えられそう」というレベルでしかないが――になりつつある。
 生活のためには働くしかない、それはものすごく現実的な真実ではあるが、自分に「やりたいこと」があるわけではない。なんとなく続けてここまで来てしまった仕事に「やりがい」があったかと言えば、自分でそれを感じたことは多分ほとんどない。それが力になるかと言えば、なるわけがないだろうと思う。

 この会社ができた時に本社から移ってきた、本社を代表すると言ってもいい実力の持ち主(まさかこの人が来ると思わなかったぐらい)である先輩から来た年賀状の一節。
私たちはクリエイターだ
自分が創らないと前に進まないのだ

 言い切れる仕事とは、誇りを持てる仕事なのだろう。
 自分の足跡を振り返った時に、その足跡と、歩んで来た自分の足そのものに確信が持てる日が、果たして来るか。

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